「震災復興支援サービス大賞」表彰式を見て


 3月9日、Fans:Fansのイベントとして、震災復興支援サービス大賞の表彰式に参加しました。前回の予告記事でも書きましたが、自分も東京にいた人並みに震災の影響を受けていました。けれど、今回の表彰式では、そんなどちらかというと軽い気持ちで観にいったにも関わらず、Webという「身近」なものから「遠い」被災地にダイレクトに関係するようなサービスをたくさん知ることが出来ました。

 「震災復興支援サービス大賞」表彰式では以下のWebサービスが表彰されました。

最優秀賞:
Google Person Finder(消息情報):2011日本地震
(現在は非稼働、災害時のみ稼働)

優秀賞:

  • 助けあいジャパン
  • 英国大使館
  • ボランティアプラットフォーム
  • Yahoo!復興支援
  • がんばろう、にっぽん-PLAY&SMILE FOR JAPAN
  • MIAU賞:
    思い出サルベージアルバム・オンライン

    GLOCOM賞:
    自動車・通行実績情報マップ(Google)

     今回は表彰式の前に、「震災で、ネットでできたことorできなかったこと」「ネットの限界を感じたか」「ネットならではの可能性は?」「(今後の災害に備えて)どのような活動をすべき?」といったテーマでパネルディスカッションが行われました。そこで出たことを簡単に列挙して、その後に自分のコメントを書いていきたいと思います。

    「震災で、ネットでできたことorできなかったこと」

    • 指示を出すべき市役所が現状把握できていなかった。現場に行くしかなかった
    • ニュースサイトがダウン。原因はサーバーではなく上位レイヤー
    • 自前で配信できなかった為、SNSや他社での配信を迅速に行えた
    • Smart Gridなど、電力問題に取り組んだ。
    • インターネットの「情報」の扱い方について再認識した

     やはり、非常時において、普段の生活でネットに依存していると引き起こる問題というのが取り沙汰されました。その反面、非常時だからこそ出来たこと、学べたことなども多く挙げられました。


     また、ここでキーワードとしてはじめて「マッシュアップ(Mashup)」と出てきて、これはWebプログラミング用語で2つ以上の異なるAPIを組み合わせて1つのサービスを形成することで、今回GLOCOM賞にも輝いたGoogle>自動車・通行実績情報マップが例にあがりました。要は、自動車・通行実績情報マップのように、地図上で通行実績を可視化することで、より効率的に被災地に物資を運べた様に、「情報を組み合わせられる状態にしておく」というのがネットならでは、ということでした。

    「ネットの限界を感じたか」

    • 何が正しいかが分かりにくい。ネットスキルの高さで格差が生じる。
    • 正しい情報でも、「古く」なることで「間違い」になることもある
    • 学校などまだ「通話」に依存している団体がまだまだ多い
    • 通信網などの物理レイヤーが寸断されると一気に使い物にならなくなる
    • 現地に行った人と行っていない人で温度差が生じる
    • 情報発信リテラシーの差で、ボランティアに偏りが生じた

     この話題で、自分が最も身近に感じていたのは『正しい情報でも、「古く」なることで「間違い」になることもある』ということだった。

     読者の皆様には使っている方が多いと思いますが、それが顕著だったのはやはりTwitterだったのではないかと思われます。例えば誰かがつぶやいた「●●という避難所にはまだ空きがあります!」というツイートを見てその避難所に向かっても、着いたら既に一杯になっていた等。公式RTならば、投稿された日時が正確で、見たときの時間差を確認することが出来ますが、非公式RT(一般に「RT:@●● 〜」のような)だとその非公式RTが投稿された日時だったりと、そもそも日時なんて確認している余裕がないというのに、みたいな話は聞いたことがあるのではないでしょうか。この場合、公式RTならば、避難所が一杯になった時点で元のツイートを削除して、拡散されたツイートを消すことは可能です。しかたないことではありますが、ネットの弱点というより、ネットに対する1人1人のリテラシーの差が、このような事象を引き起こしているような気がします。

     また、『情報発信リテラシーの差で、ボランティアに偏りが生じた』というのも同じです。どんなにTwitterが普及しようと使えない人は多く、逆に「Twitterを使える人だけが自分の身近な琴に関する情報を発信してしまい、そこに物資や人材が集中する」といったことも起きたようです。


     そんな「情報格差」を是正するようなサービスもこの震災で登場しました。それが大賞を受賞した「助けあいジャパン」や「ボランティアプラットフォーム」の様なサービスです。特に「ボランティアプラットフォーム」は被災者だけでなく、支援者に向けたサービスで、被災地に必要な人材や物資をマッチングしてくれます。いくら自分が支援したくても、どこに何が必要かが分からなければ動きようがありません。そんな現実を反映させたとても有効な仕組みだと思いました。

    「ネットならではの可能性は?」

    • マスメディアではなくソーシャルメディアの仕事が増えた。各々が情報を発信できる形は新しい
    • 逆に、新聞などのマスメディアではないとできないことも見えてきた
    • クラウドにしていれば、書類データなどの被害は少なかったのかも
    • (限界でも、可能性でもあるが)海外とつながり、より現実な情報を流すことが出来る
    • それぞれの技術のプロをSNSで見つけることが出来た


     今回の大賞の中で異色を放っているのが、優秀賞に選ばれた「英国大使館」である。「大使館が何故、震災復興支援サービス賞を?」という当然の疑問にぶち当たるわけで、受賞理由を見てみると「早期の公式見解を開示」「FacebookやTwitterで日本在住イギリス人に情報を発信」という功績が挙げられていた。

     確かに、日本に住んでいるのはもはや当たり前のことだが、日本人だけではない。異国で災害に遭遇したらどんな人でも心穏やかにはいられないだろう。それに加えて、本土にいる人にとっても現地の「同族目線」の情報は知りたいもので、日本政府の情報だけに偏らず、自国の(厳密に言うと現地の)公式見解を聞くことは十分な判断材料になると思う。このことが、震災後の外国人旅行客などに大きく影響したのは想像に難しくないことだと思う。

    「(今後の災害に備えて)どのような活動をすべき?」

    • アクションを何かして、誰かとつながっている状態を常日頃から作っておく
    • 10年で、5年で、1年で、できることを小刻みに設定し実行すること
    • 3日間分の水を確保すること
    • ラジオの大量配布に備える
    • メディアの枠を超えて情報を発信/受信できるようにしておくこと
    • 過去の記録をいかに活用するか。「元に戻したい」という気持ちを失わない
    • データをマッシュアップ可能な状態にしておくこと。外からの支援を受けやすくすること

     既に、震災から1年以上が経過するが、皆さんは何か特別なことをしただろうか?思い返せば、自分は自分に精一杯で募金程度のことしかしていない。


     今回の「震災復興支援サービス大賞」はGoogleやYahoo!など、いわゆる「大手」だからこそできたことと同時に、個人もしくはその道のプロが集まったことで出来たことも表彰された。そのもっともな例が「思い出サルベージアルバム・オンライン」だと思う。津波で流された写真を回収し、デジタル化して修復し、復元。必要なスキルはPhotoshopなどを利用した高度なものだが、やっていることは地道なことだと代表の方は言っていました。「泥臭いIT」という自虐的にもとれる、けれど現実に即していてかつ温かいそんなサービス。インターネット、パーソナルコンピュータがあるこの時代だからこそできることの代表例でもあるように思えました。


     さて、会場では大賞のサービスの他に、「skill stock」というサービスが紹介されていました。これは自分の出来ること(スキル)を登録し、そのスキルを必要としている・興味を持ってくれた人とつながるサービスです。

     無駄だと思わず、まずは小さなことからやっていき、自分が被災者としても、支援者としても、自立できるスキルを手にしていきたいと思います。

    予告:「震災復興支援サービス大賞」表彰式に行ってきます。


     2012年3月8日、Fans:Fansから申し込んで、「震災復興支援サービス大賞表彰式」に参加してきます。

     大賞の概要を見てみますと、

    東日本大震災以降、被災地を支援する様々なサイトやアプリなどが登場しました。
    当「震災復興サービス大賞」では、「復旧・復興支援サイト/アプリ等調査事業」の成果を活用し、特に活躍したサービスを表彰し、今後のサービス開発の促進を目指しています。

     と、あります。
     
     多くの人がそうであるように、自分も震災当初は東京にいたものの、色々なハプニングに出くわしました。生活面では水道やエレベーターが停まり、他の活動面では。演劇部の公演や同窓会の成人式が延期になったり。

     幸いなことに、身内には直接的な被災者がいませんでした。けれど、色々なところで報道されているように、都心では震度7程度の直下型地震が来るかも知れないと言われていますし、東日本大震災から約1年というこの節目に、改めて震災に関することと役に立つことを復習してきたいと思います。

    閑話休題

    つい、この前まで。

    と、いうのは嘘で。

    まさに今この時、僕は『閑話休題』という言葉の意味を知った。

    かんわ‐きゅうだい〔‐キウダイ〕【閑話休題】
    文章で、余談をやめて、話を本題に戻すときに、接続詞的に用いる語。それはさておき。あだしごとはさておき。
    Yahoo!辞書 — http://dic.yahoo.co.jp/dsearch/0/0na/05062604042400/

    僕は今まで「一呼吸おいて」とか「ちょっと休んで」みたいな
    余裕をもつ、休む的な意味合いなのだと思っていた。

    なのに。
    実際は「それはさておき」といったような、
    話を強引に戻すような、急かすような用法だったわけで。

    それでは、この日記でいったい何が書きたかったかというと。

    ここのところ様々なことが目まぐるしく僕の周りでグルグルしている。
    こんなにグルグルなのは浅草花やしきのドッキリハウスぐらいだ。
    (自分の周りが意志と関係なく回転している様は、意外に的確な比喩だと思う。)

    やはり原因は地震だ。

    地震の直接的な影響は我が家にはガスが数時間止まる程度のものだったけど、
    僕の生活・活動にはガスが数時間止まるより悪い影響を与えている。

    まずは、やっぱり吹奏楽部の定期演奏会である。

    今までたくさん大変なこと、部の大切な人の命が失われたって、
    後輩たちや先輩、先生そして自分が歯を食いしばってやってきた演奏会が、この地震で流れてしまった。
    今回は初のOB演奏もあって自分の思い入れもより一層あった。

    だが、なんといっても悔しいのは今の今春高校3年になる後輩たちだろう。

    うちの定期演奏会では式中に引退式をやる。
    高校2年生たちは自分たちの受験勉強などを犠牲にしつつこの定期演奏会に挑むわけだ。
    いや、人によってはこの引退式、数々の先輩が涙を流したこの式のために長年部活を続けた子もいただろう。

    それが呆気無く。どうしようもなく流れてしまった。
    被災してしまったわけでもなく、自らは何不自由なく暮らしているのに流れてしまった。
    それは、幸せにも引退式を迎えた僕らには分からない悔しさだろう。

    次に演劇部である。
    前回の記事でも書いたとおりこの公演も様々な障害に囲まれている。
    4月中の活動時間の制限。祝日休日の利用禁止などなど。。
    またそれらの制限の5月への影響も十分に考えられる。
    手詰まりではないが、例年にはない課題が山積みになっている。

    そして、同窓会の成人式。
    やっと先日、4月30日への延期が決まった。
    場所は変わってしまったが、時間や2次会はほぼ地震直後の3月13日のものに等しい。
    地震の影響で、大学総務が利用できないため全体への郵送はせず、メールなどで直接連絡するしかないが、これはある程度できることだ。

    これもせっかく集まろうとしていた矢先の地震だった。
    こうして延期が決まったことはとても幸運なことだと思う。

    ともあれ。
    これらは全部愚痴だ。
    どう取り繕うとも、愚痴以外のなにものでもない。

    僕ら以上に苦しんでいる人がいて、身近にも大変なことになっている人たちがいる。
    愚痴を言えるだけ幸せで、そのことを忘れてはいけない。
    他人がどうであれ、自分は必ず忘れてはいけない。
    だから、僕は忘れず頑張る。

    頑張らなければならないし、
    頑張ると決めたのは自分であり、成功させたいと心から思っている。

    だからこの愚痴は頑張るための糧になると思って書き始め、
    これから色々なものに挑むための「一呼吸」だと考えている。

    そして、つまらないことだけど、僕はまた正しいことを覚えた。
    覚えたての言葉だけども、こういう使い方も悪くないと思う。
    最初と最後を同じ言葉で飾るなんて、なかなか洒落てるなんて照れたりする。

    さぁ、思考を本題に戻そう。
    閑話休題。

    僕らの公演。

    カリメロの新入生公演。

    こいつは新入生勧誘のため4月に行う公演ですが、
    この地震の影響で4月に出来るかかなり危ぶまれていますが、
    地道に稽古を進めております。

    先に「新入生のため」とは書きましたが、
    この公演は2月できなかった先輩方やお客様への謝罪、
    そして部員のリベンジの意味も込めた大切な公演です。

    僕らがまだ幸せなのは、
    僕らが4月の下旬に公演を予定してたこと。
    場所が埼玉にある学校の設備であること。
    そして、部員の命に別状がないこと。

    節電とか、
    不謹慎だとか、
    演劇の関係者の意地だとか、
    日本に元気を与えたいとか、

    諸々な事情があるけど、それに一番いい折衷案を出すのが自分の役割なので。
    公演は止めず、世間を確認しつつ。
    最後まで持って行くつもりです。

    最後に。
    今日、稽古中に出た役者の愛らしいカミカミなセリフのイラストをどーぞ。

    [正]電気パルス
    [誤]電池パルス

    [正]妻にアンドロイドを作ってくれと頼まれ
    [誤]ツナにアンドロイドを(以下略

    地震後、雑多。

    本日は、前回予告したとおり、地震後撮った写真達。

    地震以前にはなかったものを撮ろうとしたり、地震後でも変わらないものを撮ろうとしたり、赤いミニトマトが実ったことを喜んでみたり。

    雑多雑多しております。

    撮影場所:近所、築地、志村三丁目
    カメラ:Sony Cyber-Shot T100

    そろそろ一眼レフかミラーレス一眼が欲しいです。。。

    ギャップ・リハビリ・グラグラ

    今日で最初の大きな地震から1週間が経過したらしい。

    言われてみれば、という感じ。

    1週間前を思い出すと、少し身構えてしまう自分に気づく。

    地震発生時、僕は家で寝転んでいて、

    部活の事とか、次の日の成人式の事とかの作業があったけど、その時は休憩をしていたと思う。

    部屋には珍しく弟がいて、ぼーっとテレビ番組を観ていた感じ。

    地震が起きたとき、とっさにした行動は、我が家の犬を抱き上げたことだった気がする。

    他の多くの方がそうだったように、最初はいつもの感じの小さい揺れで済むのかと思ってた。

    思ったより長くなって、気づいたら弟がテレビをつけてチャンネルをNHKにしていた。

    ぼーっとしていた感覚から、地震がいつもより長く、大きくなるのを感じていくにつれて、混乱するようになった。

    そして、震度5程度を記録した大きな揺れの時。

    部屋全体から、マンション全体から、コンクリートが砕けるような音がして、まるでどこかのアトラクションのように大きく横揺れがして、冗談じゃなくそのまま揺れに揺れて僕らが住んでいる部屋ごと地面に落下するかと思った。

    でも、結局。
    うちの被害はほぼゼロに等しく。
    電気と水は一度も止まらず、ガスは次の日までかかったけど、エレベーターは夜のうちに低層階向けが復旧した。

    夜が明けるまで、ニュースを見続けて、電話やメールやskypeやTwitterで親や友達と連絡と取り合った。

    大きさに関係なく、余震が来ると、今でも1週間前の感覚が蘇る。
    鮮明に覚えているわけではいけど、自然に頭が揺れる。
    余震だけじゃくて、強い風で何かが揺れても反応するようになった。

    それなのに、うちは電気がついていて、お湯も出て、寝場所があって、近くのスーパーは買い占めが酷いけどやっていて、母校もなんだかんだと酷いけど無事でいて、電車は動く、停電も来ない、米もある。

    東京は被災したわけではない。
    混乱しただけで、津波が来たわけでもなんでもない。
    被害者意識は必要ではない、今は普通に過ごすことが大事だという。
    買い占めなどの過剰な反応はせずに、できるならば少量でも募金をしたり、
    ちょっと気が利く程度の節電をして、普段どおりの生活に戻れるようにリハビリをすれば良い。

    それが正しいし、それがそうなんだろうとわかってる。

    ただ、このグラツク感覚は現実とあまりにも乖離しすぎている。
    笑えないほど心の傷を負っているわけでもなく、演劇部や中高吹奏楽部のッ先輩後輩同級生と話しているとすごくホッとする。

    だけど、ちょっと落ち着くとグラツク。
    まだ、リハビリが足りない。

    普段どおり。
    普段より気をつけて、冷静に対処できるように。
    今が踏ん張りどころである。

    最後に。
    この1週間撮った写真を明日一挙公開してみることとする。
    地震直後に学校に行った写真もあるけど、それは生徒や保護者の方の不安を煽る結果になりそうなのでやめておく。